『クルマは最高のトモダチ』僕の一番好きなクルマはコレ!…山田弘樹連載コラム
明けましておめでとうございます!
2020年2月に始まったこのコラムも、おかげさまで3年目に突入となりました。
これからも「プロのクルマ好き」視点で楽しいコラムを書いていきますので、よろしくお願い致します。
というわけで新年一発目は、私がこれまでに乗ったなかで、一番好きなクルマについて書かせて頂こうと思います。
「アルファ・ロメオTipo33/2」、「フェラーリ288 GTO」、色々なクルマが頭をよぎるのですが……やっぱり一番“好き”なのは……
ドラムロールぅ~♬
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964カレラRSの魅力は、フツーを究極にまで研ぎ澄ませたところでした。その特徴は軽量化だけじゃなく、トランスミッションはクロスレシオに変更されていたし、リア周りのスポット増しなど見えない所に手が入れられていた。ただ全ての964RSが素晴らしいわけじゃなくて、ミントコンディションなんて言われていてもすごく眠たい個体もありました。
「ポルシェ911 type964 カレラRS」です!
今でこそ伝説的な存在となった空冷ポルシェ911ですが、当時は知る人ぞ知る、それはそれは地味で、玄人好みなクルマでした。
私がその存在を初めて知ったのは、ビデオマガジン「ベストモータリング」でした。何月号かは失念しましたが、デビュー当時に収録しているはずだからきっと、92年の号でしょう。
その筑波バトルで中谷(昭彦)さんが運転する964RSは、当時の主役だったR32 スカイラインGT-Rを最後尾スタートから抜き去り、NSX-Rをも従えて(クラッチトラブルもあった気がする)、トップでチェッカーを受けたのです。
これには本当に、驚きましたよッ。だって当時は国産ターボ車が黄金期を迎え、「ポルシェやフェラーリ、なんぼのモンじゃい!」とブイブイいわせていた時代です。そこに964カレラRSは普通の911みたいな顔して現れて、しかもサーキットで完全勝利したんですから。
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ベストモータリングのdvdプラチナシリーズVOL.11「ポルシェ911 type964 & 993 BM HISTORY」にも、今回の筑波バトルが収録されています。あとは「CAR GRAPHIC TV」でポール・フレール先生が、スポーツランドSUGOを全開走行していた映像が私のバイブルでした。
そんな964カレラRSの魅力は、パワーに物を言わせない走りでした。軽さこそが、最大の武器。エアコン、パワステ、パワーウインドーという快適性三種の神器を潔く捨て去り、遮音材やアンダーコートだけでなくリアシートまでも撤去。
ガラスまで薄型にしたその車重は、ノーマルの1350kgから1230kgへと120kgも軽量化されていました。
しかも車体はドンガラじゃなくて、シンプルながらもきちんとカーペットでトリミングされていた。簡素なドアハンドルとベルト式オープナーのドアパネルには、憧れましたねぇ!
対する出力は、わずか260馬力。ECUを専用に書き換え軽量フライホイールを装着していたけれど、ノーマル比でたったの10馬力アップに過ぎなかった。
そんなパッと見ノーマルの911が、R32 GT-Rよりも速いわけです。
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ツインリンクもてぎのピットに並んだtype964のカレラ2(左)とカレラRS(右)はまるで双子のようでした。外見は微妙に違うんですが、興味が無い人にはわからない。バンパー形状やホイール、エンブレムを見て「あっ、RSだ!」となるのがカッコ良かったんです。悪目立ちしないから、オーナーはピュアな誇りを持って乗れるだろうなぁ。
当時はデートカーだとばかり思っていた911が、軽量化するだけで(ホントは、“だけ”ではないんですけどね)ハイパワーなターボマシンたちよりも速く走る。
そのストイックさとチャラチャライメージのギャップがとにかく衝撃的で、「これが911の、本当の実力なのか!」と、初めてポルシェのすごさに納得したんです。
ポルシェはこの964カレラRSを、たとえば73カレラRSのようなスペシャルモデルというよりは、アマチュアがモータースポーツを楽しむための素材として販売しました。
そもそもは「カレラカップ」を始めるためのコンセプトで、「ついでに市販バージョンも販売しちゃおうか?」と考えたのだと思います。
だからか当時これを良く知らずにオーダーしたお金持ちのオーナーたちの中には、「どこがいいのかさっぱりわからん!」なんて声もあったようですね(笑)。
確かにスペック的にも大したことないし、乗り心地が悪くてエアコンも付いてない。そして何より見た目が、フツーの911カレラですからね。
でも、964RSは、そこがいいんです!
次世代モデルである993カレラRSも、日本仕様は特にクラブスポーツのエアロが標準装備となって、すごく派手な姿になってしまった。そして996GT3となってからは1350kgと、普通のカレラより30kgも重たくなってしまった。
実際にクルマは速くなるほど、軽さだけでなく車体剛性が重要で、水冷モデルとなりパワーが360PSまで上がった996GT3などは、このバランスも非常に良かったのですが、当時はまだそうした良さがわかりませんでした。
パワステ、パワーウインドー、エアコン(無償オプション)が付いたのは素晴らしいけれど、どこかストイックな感じが薄れたように思えたんです。さらにその後911GT3はどんどんハイパワー&マッチョになったので、余計に964カレラRSへの思いは募るばかりでした。
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911GT3は、そのままサーキットを走らせてもまったく音を上げないタフさ、完成度の高さを964カレラRSから受け継いでいます。ただこの991GT3あたりから造り込みの素晴らしさとは対照的に、アマチュアがその速さについて行けなくなってきた印象があります。
そんな964カレラRSの原体験は、私がまだ自動車雑誌「ティーポ」の編集部員をしていたとき。
964RSをなんとか誌面に登場させたい。というか、なんとしても自分が乗ってみたい! と探していると、知り合いの編集者がお友達の964RSを借りてきてくれたんです。
当時964RSは、腫れ物に触るような存在ではなかった。お友達も「乗り倒すクルマだから」と気軽に貸してくれたようですが、クルマを預かったときはやっぱり緊張しましたね。新米編集部員がポルシェに乗れる機会なんて滅多にありませんから、夢のようでした。
初めて動かした964カレラRSは、ベスモで見た通りのクルマでした。
キーをひねると爆音の空冷サウンドでエンジン始動! 空ぶかしではフライホイールがビュンビュン。ECUが変わってるからアイドリングが安定せず、クラッチミートも結構シビア。
走り出したらトルクフルですが、シフトチェンジが遅いと回転がすぐに落ちて、スナッチやピッチングの嵐。しかしその気難しさが、「特別なクルマを動かしている」という気持ちにさせて、たまらんのです。
足周りはストロークが短く、路面からの突き上げはダイレクト。でもボディがガッチリしているから、段差以外は意外とイケる。むしろ速度を上げるほど滑らかになる乗り味に感動しました。アクセルを1mm踏むとクルマが1mm進むかのような緻密さに、すごく精度の高い機械の魅力を感じたのでした。
964RSの精度の高さに、驚かされたエピソードがひとつあります。
走行距離が200kmに満たない、ほぼ新車の貴重な個体をサーキットで走らせる仕事があったのですが、これを持ち込んだメカニックは「エンジンもミッションも、全て工場出荷時に慣らしを完了しているから、いきなり全開にしても大丈夫」だというのです。
そして半信半疑にこれを走らせると、本当にその言葉通りなのでした。シフトはスパッと入り、エンジンもトップエンドまで完璧に回る。クロスレシオのトランスミッションが加速に効いていて、ピックアップも超鋭い。
軽い車重とソリッドなブレーキのおかげで、コーナーは奥まで突っ込めます。リアエンジンの特性上ターンインではリアがスーッと流れるけれど、重心位置が低いから怖くない。その動きは大きなカートのようでわかりやすく、アクセルで流れを止めることができます。ここらへんは、NSX-Rよりも寛容です。
964はリアサスがトレーリングアームで、ノーマルだとかなりトリッキーだと評されていました。しかしブッシュから見直して足周りを仕上げた964RSは余分な動きが少なく、こうしたリアの接地性変化をも武器にして、積極的に向きが変えられるんです。
そしてアクセルを踏めば、がっつりトラクションが掛かる。RRレイアウトは確かにリアヘビーで、コーナリングスピードもそれほど速くないのですが、それを補うために車体がきっちり作り込まれていた。
それはまさに、レーシングカーを走らせている感覚なのでした。
でも今この964カレラRSが欲しいかというと、「う~ん」と考えちゃいます。
そもそも現在その相場価格は4000万円以上と、すごいことになってしまっているので非現実的ですが、たとえ昔安かった頃に手に入れていたとしても(それでも700万円くらいと十分高かったけど!)、恐ろしくてサーキットでなんか思い切り走れないんじゃないかしら? もはや964カレラRSは、茶器とか絵画です。
サーキットを走るために生まれたクルマで走りを楽しめないのは、ちょっと不幸ですよね。
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私も何度か964カレラRSを手に入れようと努力したことがありました。しかし15年ほど前でも700万円を下らなかったその価格は、やっぱり現実的ではなかった。鼻血を出しながら清水の舞台から飛び降りるにしても(笑)、足周りが硬くてクーラーのない使い勝手の悪さに腰が引けてしまった。そして993を選びましたが、今はとても幸せです。
だから964カレラRSは、私にとっては“よい思い出”。たとえ手に入らなくても、思い出すだけで笑顔になれる、いつまでもエバーグリーンな一台です。
そしてこんなスポーツカーが、またいつの日か登場してくれることを切に願います。
(テキスト:山田弘樹)

自動車雑誌の編集に携わり、2007年よりフリーランスに転身。LOTUS CUPや、スーパー耐久にもスポット参戦するなど、走れるモータージャーナリスト。自称「プロのクルマ好き」として、普段の原稿で書けない本音を綴るコラム。
[ガズー編集部]
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