『クルマはトモダチ』ロードスターで、うまくなれ!…山田弘樹連載コラム
みなさんゴキゲンよう!
昨年11月、岡山国際サーキットで開催された「マツダ・ファンフェスタ」。そのロードスター パーティレースに、1台の開発車両が賞典外で出走しました。
これをドライブしたのは、以前このコラムでも紹介したマツダの開発エンジニア、梅津大輔さん。
彼はこの開発車両に、とても興味深い技術を投入していました。
それは、「DSC-TRACK」(以下DSCトラック)という制御技術です。
ん? それってGR86にも搭載されている、スポーツよりのDSC(※)でしょ? ちょっとだけ駆動輪のスリップを許容してくれるヤツ。
そうです、その通り。
でもNDロードスターのDSC トラックは、これまでとはひと味違う、ピュア・スポーツ志向なんです。
※DSC:ダイナミック・スタビリティ・コントロール。車両安定装置。
梅津さんがこれを開発しようと思ったきっかけは、とてもダイレクトなものでした。
ちなみに彼は昨年から、同僚の川田さんとパーティレースに参戦しています。その狙いはエンドユーザーが、どんな風にロードスターやマツダ車でサーキット走行を楽しんでいるのか、リアルに感じるため。
今後マツダ ロードスターというクルマが、どういう風に成長して行くべきかを考える上で、パーティレースは最適な場所だったわけです。
実際オーナーのみなさんと直接コミュニケーションすることで、普段の開発からは得られない、沢山のヒントが得られたと梅津さんは言います。
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マツダ ファン フェスタに賞典外で出走した開発車両、そのボンネットとノーズには「DSC-TRACK CONCEPT」の文字が刻まれています。エントラントのみんなも00号車の参戦を、とても好意的に迎えてくれたようです。みんなのための技術だもんね!
そんな梅津さんがパーティレースで一番気になったのは、「クラッシュ」でした。それもレース中ではなく、練習中の単独クラッシュが多かった。
パーティレースはその性格上、レース初経験の方が多いカテゴリー。そしてビギナーほど、タイヤが限界を超えたときに、大きなクラッシュを起こしてしまう傾向が強かった。
「せっかくロードスターを買って頂いて、しかもレースをやってみようと思ってくださるオーナーの方が、いきなり新車でクラッシュしてしまう。そんな状況を、なんとかしたいと思いました」
これが梅津さんの、DSCトラックの開発動機だったのです。
シンプルに言うとそれは、「リスクを減らして、安全にスポーツドライビングを学ぶためのDSC」を目指しています。
現状でもロードスターには、DSCが標準で装備されています。ただご存じの通りこれは、一般公道において車両が不安定な状態になるのを防ぐ制御。
クルマが横滑りを起こしたとき、ABSとTCS(トラクションコントロールシステム)を協調させながら、エンジンのトルクを絞ることで、素早く車両の挙動を安定させます。
しかしこれをサーキット走行で使うと、マージン幅が広いためタイヤが少し滑っただけで、制御が利いてしまう。
車速が大幅にドロップすればタイムも出せなくなるわけで、結果としてDSCを切ることが、サーキットだとなかばセオリーになっているのです。
「でも、ビギナーの方がいきなりDSCをオフにしてサーキットを走るのはやっぱり、リスキーです」と梅津さん。
だから彼は、「その間を埋める制御」を開発したわけです。
ちなみにDSCトラックは、エンジン出力を絞らずに、ブレーキ制御だけで車両を安定方向に補正します。ドライバーがコントロールできる範囲では介入せず、スピンするような領域に入ったら制御が働きます。
その見極めは非常に難しく、ここには精度の高いブレーキ制御が必要不可欠。だからマツダ開発陣は、ボッシュも交えて新型のブレーキ液圧制御ユニット開発に取り組みました。
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マツダからは車両開発本部 操安性能開発部 上席エンジニアである梅津大輔さん(写真中央)を筆頭に、ブレーキシステム開発やシャシーシステムコントロール事業部の面々が参加。またボッシュもブレーキシステム開発統括の面々が、北海道から岡山まで駆けつけた。
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開発陣はサーキットで実際にデータを収集しながら、その制御をキャリブレーションして行った。また当日はエンドユーザーと直に話して、DSC-TRACKについての理解を深めてもらうと共に、沢山の意見交換をした。
11月の時点ではまだこのキャリブレーションが取り切れておらず、DSCトラックとDSCオフの比較では、岡山で1秒以上の開きがありました。
しかし現在は、その差もかなり狭まってきた。ちなみに梅津さんの目標は、「DSCオフと同じタイムを出すこと」だそうです。
さらにこのDSCトラックが面白いのは、オーバーステア時にしか制御が働かないことです。もちろんそこには、狙いがあります。
もしDSCトラックがアンダーステアまで助けてしまったら、肝心な運転技術が育たない。適切なコーナーへの進入速度がわかるようになること、コーナリング時にアクセルを踏み始めるポイントを理解すること。
オーバーステアに比べて低リスクで回避できるアンダーステアを消すのは、ドライバーの仕事というわけです。
こうした潔い判断も、車重が軽くて操舵応答性が高いロードスターだからこそ可能なのでしょうね。
対して既存のスポーツDSCって、実はアンダーステアをも修正しちゃっている場合が、結構あるんですって。
特にヨーロッパのハイパワースポーツカーは、その傾向が強い。実はクルマ側が絶妙にアンダーステアを消して、ときにはドリフトの補助までわからないように行っているんだそうです。
だからオーナーは、自分の運転がうまくなっちゃったように感じるわけです。……身に覚えあるなぁ(苦笑。
確かに私がS耐に出たときのBMW M2 CS Racingも、雨の日はMDM(Mダイナミックモード)にはかなり助けられました。わかっていれば、よい道具として使えるんですけど、勘違いは禁物です(笑)。
新開発のブレーキ液圧制御ユニットはその作動を従来よりもきめ細かくすることで、オーバーステア時の挙動を緻密に制御。ある程度までのスリップアングルは許容しながらも、クラッシュにつながるようなヨーモーメントは先回りしてこれを安定化させてくれる。
ということで、ユーザーにとってはかなりありがたい装備になりそうな「DSC TRACK」モード。マツダらしい極めて玄人好みで地味な内容ですが、こういったことを真摯にやってくれるからこそ、ドライバーが育つわけです。
ただもしDSCトラックがDSCオフと同じタイムになっちゃったら、制御ありきでレースが成立しちゃわないかな?
もちろんそんなに簡単な話ではないと思いますし、雨などでコースコンディションが悪いときのクラッシュを減らせることの方が、よっぽど有意義だと思います。梅津さんも「完成したらぜひ」と言ってくださったので、結論はそこで出しましょう。
いやー、さすがは走りオタクのマツダ開発陣。
走る喜びを提供するって、こういうことをいうのだと思います。
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♯00号車は36台出走のレースで総合予選20位、決勝24位。まだまだ同じクラブマンクラスのポールシッターとは1.1秒ほど差があるものの、ABSの制御がまとまればその差は埋まりそうな感触とのこと。
(テキスト:山田弘樹)

自動車雑誌の編集に携わり、2007年よりフリーランスに転身。LOTUS CUPや、スーパー耐久にもスポット参戦するなど、走れるモータージャーナリスト。自称「プロのクルマ好き」として、普段の原稿で書けない本音を綴るコラム。
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