『クルマはトモダチ』アルピーヌ・マニアに捧げるA110 R…山田弘樹連載コラム
みなさんゴキゲンよう!
今回ご紹介するのは、今年の初めにスペインで試乗した、アルピーヌA110“R”です。
今後いくつかの限定モデルは登場するけれど、ガソリンエンジンとしては、最後のエボリューションと目されているモデル。
その詳細はいくつかの媒体で書いたので、よかったら検索してみてください。そしてメーカーのホームページは、ALPINE A110Rからどうぞ。
ということでこのコラムでは、「クルマ好きの視点から見たA110R」について、たっぷり話します。
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スペインはマドリード北部にある「ハラマ」サーキット。1981年までF1が開催されたというそのコースは、日本のコースに比べて路面ミューが低く、回り込んだコーナーが多いテクニカルコースでした。
さてさて、このA110Rで驚かされたのは、なんと言っても1500万円という価格ですよね。
正直、いまどきの後輪駆動系ピュア・スポーツカーで1500万円の価格設定は、珍しくない。
それでもA110は、ベースモデルが845万円ですから。このスポーツカーは、「もっ、もしかしたら買えるかも!?」と一瞬夢を見させて、「いや、むり。やっぱ買えんッ!」と悶絶する価格設定の絶妙さが、何よりの魅力です。
それがR仕様になると、ドーン! と約1.7倍ですから。
ちょっと、どっか遠くへ行っちゃった感じかなぁ。
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一般公道では、車高を20mm上げて走行。パイロットスポーツCUP2の剛性はサーキット向きだけれど、足周りの印象はサーキットと同じくらいしなやかで、これならサーキットまでの道のりも快適にこなせると感じました。
ではそのコストが一体どこに掛けられたのかというと、それはシャシーワークです。
普通「ガソリンエンジン最後のエボモデル」なら、エンジン出力を上げてきそうなもの。しかしアルピーヌは今回、その1.8直列4気筒ターボに、まったく手を着けませんでした。
これを開発エンジニアに質問すると、「A110は軽さを生かしたスポーツカーだから。これ以上のパワーアップするよりも、シャシー性能を磨き上げたんだよ」(意訳)と言っていました。
ちなみにA110は、前回のマイチェンで「GT」と「S」モデルの出力を、252PS/320Nmから、300PS/340Nmにまでパワーアップしています。
1.8直列4気筒ターボで300PSの出力は、メーカーとしてはかなり攻めた数値。
たとえば同じ直列4気筒ターボのシビック タイプRは、2リッターで330PSだから、リッター165PS。対してA110は、リッター約167馬力出ています。それが1082kg(日本の表記上は1090kg)のボディに積まれるんだから、十分な動力性能ですよね。
ただ、同じエンジンと7速EDC(エフィシエント・デュアル・クラッチ)を搭載する「メガーヌRSトロフィー」の出力は、300PS/430Nmなんですよ。
そう、馬力は同じでも最大トルクは110Nmも高い。だからここまでは、A110もトルクアップが可能だと思うんですよね。
アルピーヌがA110Rのパワーを上げなかった理由には、税金もあると思います。
フランスは昔から馬力に対して課税していますし、最近だとCO2排出量への課税も厳しい。
ちなみに同じパワーユニットでもメガーヌRSは、A110より遙かに高い課税が掛けられているそうです。車重が重いから、同じ距離を走るにも、CO2排出量が多くなるわけですね。
またパリだとポルシェやフェラーリのようなスーパースポーツは、いま本当に少ないと聞きました。
対してA110は課税率が低いので、ここに来て国内販売を盛り返しているらしいです。
ダッシュボードの反射を防ぐことをメインに、バックスキン調素材でトリミングされたレーシーな室内。シートはA110 Sよりもさらに肉薄なカーボン製に改められていますが、2脚でたった5kgしか軽量化されていない。それを追求する姿勢が、A110 Rの“ラディカル”さ。
ということでA110Rはカーボン素材を惜しみなく使い、空力性能を高めました。……って、軽量化したんじゃないの?
はい、A110Rって、実は大して軽くなってなんですよ。
ボンネットやアンダーパネル、リアガラス周り(一部FRP)、さらには肉薄シートへの変更やホイールをカーボンで新規制作! してまで減らせた重量は、わずかに34kg。ベースとなったA110Sは1120kgだから、3%くらいしか軽くなってないんです。
そもそも軽いクルマは、軽量化する部分がほとんど残されていないわけです。
リアガラスはカーボンフード、室内側の隔壁もFRPのハニカムボードに材料置換。サイドステップの追加でフロア面積を拡大しながらリアタイヤに向かうエアフローを整流。なおかつボディ剛性をも向上させています。
ディフューザーを大型化して、ウイングと合わせリアのダウンフォースを110kgまで増強。A110 Sと比べ、29kgのアドバンテージを得ているそう。またカーボン素材保護のために、マフラーエンドは3Dプリンタで専用設計されたダブルウォール構造専用設計となっています。その隣にあるのは室内にエンジンサウンドを導くパイプ。
ただしディフューザーを大型化してるのに重量が増えなかったのは、カーボン素材のおかげです。もちろん強度も、FRPより高いですよね。
アンダーパネルのカーボン化は、フロア面積の拡大による床下流速の向上や清流と同時に、ボディ剛性をも高めました。
極めつけはホイールでしょう。バネ下で回転したり上下動するホイールのカーボン化は、実際に軽くなった重量以上に、慣性重量を大きく低減しています。リアガラス周りが軽量化されたのも、重心を下げることに貢献している。
つまりA110Rって、ただ軽さで速くしたスポーツカーじゃないんです。
そしてこうした空力性能の向上や、ムービングパーツの軽量化は、A110の挙動を格段にマイルドにしました。
A110 Rの“R”には、過激さを意味する“ラディカル”の意味が込められているのですが、その操縦性はむしろ優しくて穏やか。足周りは車高調サスが付いているので、セッティングを詰めればもっと、キレッキレな走りが得られるのかもしれませんけれど。
ではA110 Rの何が“過激”だったのか? それはシャシー性能の研ぎ澄ませ方だったわけですね。確かにカーボン製ホイールを純正採用するなんて、凄すぎます。
ディケーヌ社製のカーボンホイールは、本体にディスクカバーを接着する興味深い方式を採用。これによってフロントはブレーキの放熱性を重視した開口部の広い形状、リアは空力を優先した形状になっています。
ちなみにアルピーヌは、ルノー・スポール時代にメガーヌRSトロフィーの「カーボン・セラミックパック」で実績があります。今後EVスポーツカーを開発する上で、こうした軽量化技術が生かされて行くのかな。
ただ、いちクルマ好きの思いとしては、いくらすごいクオリティのカーボンパーツを装着していても、やっぱり「車両価格1.7倍はなぁ!」と思いました。
きっとノーマルのA110をブーストアップして、足周りをみっちり作れば、同じくらい楽しいクラブスポーツが作れると思うんですよね。
空力性能で言えばA110Sの方がフロントのダウンフォースは高いし、リアウイングの取り付け位置をRと同じようにバックステップさせて、車高調で前後重量配分を変えれば、かなりA110 Rに迫れる気がする。
速さだけを求めるなら別の選択肢があるし、走りの楽しさを突き詰めたにしても、やっぱりコストパフォーマンスが悪すぎるように感じてしまいます。
つまりコスパ度外視で手に入れられるのは、本当に好きな人。
だからA110 Rは、投機的な話を抜きにすれば、「アルピーヌマニアのためのA110」なのです。
足周りはZF製の高性能なレーシングダンパーを装着。減衰力は20段、車高も調整可能ですが、正直ここまでボディを攻めたなら、足周りにも伸縮調整可能な2WAY、もしくは3WAYを投入して欲しかった。
そして私はますます、ノーマルのA110が好きになりました。ほんと、これがアルピーヌA110というスポーツカーの、本質を一番的確に表しているグレードです。
ちなみに4月1日からA110/GT/Sは、価格が改定されて少し値上がりします。買うキッカケを作るなら、今ですよ! と、軽くその背中を押しておきますね。
(テキスト:山田弘樹)

自動車雑誌の編集に携わり、2007年よりフリーランスに転身。LOTUS CUPや、スーパー耐久にもスポット参戦するなど、走れるモータージャーナリスト。自称「プロのクルマ好き」として、普段の原稿で書けない本音を綴るコラム。
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