『クルマは最高のトモダチ』恐ろしくクオリティの高い“チューンドカー”…山田弘樹連載コラム
モータージャーナリストという仕事をしていて楽しいのは、サーキットで色々なクルマを試乗できることです。その中でも特にワクワクするのは、チューンドカーの試乗依頼が来たとき。
パーツメーカーやショップが、手塩にかけたマシンに乗れる。
そしてその能力を、全開で引き出すことが許される。
これって、ボクがこの世界に入る前から、ずっと憧れていたことです。そして、とても自分がそんな立場になれるとは、思ってもいませんでした。
だからみなさんからは当たり前に見えても、ボクは未だにチューニングカーを試乗すると嬉しくなって、ちょっと誇らしい気持ちになります。
ただその分、緊張感も高いです。
ボクはレーシングドライバーではないから、一番時計を出す必要はありません。でも乗るからには、速く走らせてチューナーを喜ばせたい。
だから目標とするタイムが出たり、パーツテストでよいデータが取れたときは、喜び倍増。大の大人が、思わずガッツポーズです。
試乗車は500馬力オーバーの後輪駆動車なんてこともあるし、そういうときは正直「怖いなぁ……」「速すぎだよ」なんて思いながら走らせてます。
雨の日でも撮影スケジュールの都合上延期できないときもあるので、天候はいつも気にしています。
編集さん、そこらへんをもっと親身に考えてくれると嬉しいんだけどなぁ!
もっとも最近はチューニングのクオリティがとても高いし、安全装備をきちんと備えたマシンも多くなってきてはいるのですが、ともかくチューンドカーには、良くも悪くも“危険な香り”というものが、少なからず漂っています。
それもひとつの魅力ですからね!
しかし今の世の中には、驚くほど速くて、しかも抜群に乗りやすいチューンドカーがあるのです。
その名は「FIA-GT3」!
レースファンならおなじみですが、これは世界のレースで活躍する、GT3規格のレーシングカーのことです。いまやスーパーGTでは、GT300クラスで大半のチームがGT3マシンを使っていますよね。
そして今回は、ボクの少ない経験の中で恐縮ですが、BMW M6 GT3をドライブしたときのお話をしようと思います。
- BMW M6 GT3
GT3マシンはわかりやすく言うと、自動車メーカーのワークスが作るレーシングカーです。これをちょっと乱暴ですが“チューンドカー”と表現したのは、市販車をベースにレース用仕様へと改造を施しているから。
しかしそのクオリティは、恐ろしく高いです。
特にM6 GT3は、BMWモータースポーツの手によって、大幅な改造が施されています。
現在は競争も激化しているため、フェラーリやマクラーレン、ポルシェといったスポーツカーベースのGT3車輌も、オリジナルから大幅に性能を高めてはいます。
しかし、そもそもの素性がよいこうしたマシンに比べ、グランドツーリングカーであるM6は、GT3化に伴い大胆なエボリューションがなされています。
こうした手法は同様に、日産GT-RやメルセデスGTなどでも見られます。言ってみればスポーツカーのサラブレッドと対等に戦えるように、ツーリングカーは改造範囲が広められているんですね。
エンジンは市販車であるM6の4.4リッターV8がベース。実際のレースでは、性能調整のバランスによって580PSのパワーが絞られてしまいます。大切なのはトルクと燃費。
M6のエンジンは4.4リッターV8ツインパワーターボで市販状態でも560PSを発揮するほど高出力なため、レース仕様でも585馬力にパワーアップされる程度!?
いや、恐ろしいのはここからで、そのマウント位置はフロント車軸とほぼ同等。そして可能な限り低く、フロントミドシップされています。
Vバンク内にタービンを配置する関係から、金色の遮熱シールドを施された極太のマフラーはバルクヘッドに沿って走り、タイヤハウス直後からサイド排気されます。
カーボン製となった前後フェンダーによってその全幅は2046mm! そのボディはGT3車輌の中でも一段と大柄です。これに対抗できるのはベントレーくらいかな?
専用に作り直されたサスペンション。アップライトがものすごくごつくて驚きます。意外にもダンパーはアウトボードタイプを採用していました。
しかし、前後のサスペンションアームは新規のダブルウィッシュボーンで作り直され、この大柄ボディをシッカリ支えます。
さらにピポッド位置(アームの取り付け位置)から下げてしまうことで、車高を低めてもアームが適正な角度を保ち、横からの力に踏ん張ることができるのです。
ここらへんが、スーパー耐久などの市販車ベース車輌とは違うところ。
つまりそのコーナリング性能は、恐ろしく高いのです。
むしろその性能を上げないために、ダンパーやスプリングは制限されています。
- コクピット
カーボンで作られたインパネに、反射止めの加工。ポジションはシートではなく、ペダルをスライドさせて合わせます。
コクピット内もその景色は壮観!
美しいレザートリムやカーペットなどは当然最初からなく、車内は真っ白なドンガラです。
ロールケージが張り巡らされたコクピットはまるで鳥かごのようなのですが、その佇まいは整然としていて、とても美しい。
反射を抑えるためにインパネはスウェード調素材でブラックアウトされ、液晶の見やすいレーシングメーターが車輌情報を細かく表示。そのスマートさには、ドイツの職人気質を感じます。
DTMでも使われるステアリングは、ものすごく小径! しかしその小さな可動範囲でもステアリングギア比が、きちんとバランスされています。
ものすごく小さなステアリングはDシェイプ。生まれて初めてピットレーンリミッターを効かせて走った感動は、今でも忘れない!!
ボクがこれを走らせたのは、2018年の11月。マシンはBMWチューナーの老舗であり、アジア唯一のBMWワークスチームであるスタディが、前年まで実際にスーパーGTを走らせていた車輌そのものでした。
しかし今思えば、スタディ代表の“ボブさん”こと鈴木康昭さんは、よくボクにM6 GT3を乗せてくれたなぁ。
いやいや、それには理由があったのです。
もちろん基本的な運転技術と知識は必要なのですが、このGT3、実は走らせるだけなら、みなさんでも十分に運転できてしまうくらい柔軟性のあるレーシングカーなのですよ!
そもそもGT3クラスは、アマチュアドライバーのために作られたカテゴリーでした。発足当時はその上にワークス用のGT1、プロクラスのGT2が存在して、GT3は“素人の乗るレーシングカー”という印象と位置づけでした。
しかしその戦闘力の高さと車輌価格のバランスから、次第にGT3がレースの中核をなすようになったのです。
とはいえM6 GT3でさえその価格は、5000万円以上しますけどね!
ちなみにスタディは「GSR & Studie with Team UKYO」として、2011年という早い段階からBMW Z4 GT3をスーパーGTで走らせ、谷口信輝/番場 琢ペアでGT300クラスにおいてチャンピオンを獲得しました。
そしてここから闘いは激化し、いまやふたりのドライバーがプロフェッショナルでなければ勝てないほど、日本のGTはプロ化したんです。
ある意味スタディは、スーパーGTプロ化の原因を作りましたね(笑)。
シートポジションは、フォーミュラみたいに寝そべっています。2ペダルなので左足でブレーキを踏んでドライブしました。
でも本来GT3は、とても乗りやすいレーシングカーです。
あらっ、今回もすっかりインプレッションを書く余裕がなくなってしまいました……。
でもボクとしては、どうしてもこうした理由をきちんとそれを説明しておきたかったので、ご勘弁を。だってみなさんが運転できるレーシングカーということを伝えなかったら、その魅力も半減しちゃいますからね。
というわけで次号では、アマチュアドライバーが乗った、メーカーチューンド・レーシングカーの素晴らしさをお伝えしようと思います。
おたのしみに!
協力:オートファッション imp
PHOTO:田村 弥
(写真/テキスト:山田弘樹)
自動車雑誌の編集に携わり、2007年よりフリーランスに転身。LOTUS CUPや、スーパー耐久にもスポット参戦するなど、走れるモータージャーナリスト。自称「プロのクルマ好き」として、普段の原稿で書けない本音を綴るコラム。
[ガズー編集部]
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